2014年4月に社会人になってから早くも12回目の春が目前に迫っている。
私は幸運にも入りたいと思った会社に入社することができて、今も同じ会社で働いている。入社前後のギャップがなかった訳ではないが、多くの上司、同期、後輩たちに支えてもらいながらまだ同じ会社で働くことができていることをありがたく感じている。
入社から約11年も経っているのだから、もちろんいろいろなことが変化した。最近一番感じる変化といえば、入社時に撮影した社員証の写真と現在の自分のフレッシュさだろうか・・・。34歳、それほど老いてはいないが決して若くもない、立ち振る舞いが難しい年齢に差し掛かっている。
今回はあっという間だった11年を期間ごとに振り返り、良かった点と反省点を綴りたいと思う。
20代前半〜中盤の良かった点と反省点
良かった点
・多忙を極める環境で、自分の頭を使って仕事をする習慣が身についた
・ピンチはチャンスになり得ることを経験し、ポジティブ思考になった
反省点
・残業ありきの業務スケジュールで仕事をしてしまった
・特に新卒の時は「思考>行動(量より質)」の優先順位で仕事をしていた
最初に配属された部署は社内の新規サービスを立ち上げる部署だった。新規サービス立ち上げと聞くと聞こえは良いが、泥臭いことの連続だった。2015年に始まったマイナンバー制度に対する法人向けサービスの立ち上げだったが、制度もなかなか決まり切らないことや会社としても運用経験のないサービスを提案していたこと、さらにはお客様からの要求レベルも高いこともあり、契約に至った案件の多くが大炎上の毎日だった。燃えに燃えていた。社会人2年目だった私もほぼ毎日終電まで働き、土日のどちらかも仕事をしているような日々が続いていた。メンバーの中にはその状況に耐えきれず精神を病み、途中でドクターストップがかかった人や、極度のストレスから軽度の記憶障害を起こした人もいた。ホワイト企業に入ったつもりだったんだけどな・・・と心の中で何度つぶやいたことか分からない。当時の私は若いこともあり高残業には耐えることができたが、お客様からの厳しい要求に対して、社内の誰も答えを持っていない状況で板挟みになることが多く、これが途轍もなくストレスだった。案件の業務仕様を詰めるワークショップでお客様を訪問した際、日頃からうちの会社に不満を抱いていたお客様から罵倒され、5分で追い返されることもあった。こんな状況の中仕事をしていたので案件を炎上させないように、嫌でも自分の頭で考えて仕事をする必要があった。目的として「案件を炎上させないため」ではあったが、そのためにどのような言葉で説明するか、誰がキーマンなのか、どの情報を事前に把握しておけばよいか、なぜこの内容を議論する必要があるかなど、それぞれの仕事に自分なりの解を見出すことは心がけていていた。さらに先輩たちも多忙を極めていたので、質問する際は相手が「Yes」か「No」で回答できるレベルまで質問の解像度を上げる癖がついたことも良かったことだと思う。
ハードな毎日を送っていたが、大変なことだけではなかった。罵倒の上5分で追い返されたお客様から、褒め言葉をいただくことができたのだ。「gaju-maruくんの所属する部門に対して不信感を拭うことはできないが、gaju-maruくんのことは信頼しているよ」と。会社の信用に対して私個人の信頼が上回った瞬間だった。特にお客様接点部門において経験値の少ない新人や若手社員が大変なのは、自分への信頼をどのように獲得していくかだと思う。最初は会社のブランドや信用があるから会ってくれるお客様はいるが、それから先に進むためには自分個人への信頼が必要になる。この経験は社会人人生最初の自信になった。そして、好ましくない状況においても諦めず真摯に向き合うことで、ピンチはチャンスに変わる瞬間があることを学んだ。
どちらかというと「良かった点」のことの方が確実に多い20代前半〜中盤だったが、もちろん「反省点」もある。上記にの通り残業ありきの仕事が染み付いてしまったことだ。基本的に新人は定時で帰らせる雰囲気があった。まだそこまで仕事ができない新人を長く働かせるメリットは会社にもないから当たり前ではあるが、私の場合はそうではなかった。どれだけやっても終わらない仕事が目の前にあるので、自然と残業が当たり前になった。同期の中にはもっと仕事をしたいのに定時で帰らないといけないためやり辛いとぼやいていた奴もいたが、新人の時は残業している自分がかっこいい、残業代ももらえてラッキーなどと思っていた節もあり、ちょっとだけ優越感もあったと思う。今思うとこの残業ありきの仕事の進め方は自分の成長機会を奪うものでしかないと反省している。残業前提なので効率化しようとせず、スキルアップにも繋がらない。夜も耽ってくると集中力が落ち、やった気になっただけで仕事はほとんど進んでいない。定時で帰宅し他の活動に充てられるはずだった時間を無駄することも踏まえると自分の成長機会をいかに手放していたか、、、と思う。日本の雇用体系は働いた時間に対して対価が支払われる仕組みが多いため、生活残業のような言葉も生まれてしまうのだが、この記事を読んでくれている新人〜若手社員がいたら「定時で帰ってその時間で自分に投資しろ!そして結果に対して対価をもらえる人材になれ!」と強く伝えたい。
もう一つ反省点を踏まえて伝えたいことは「考えるより行動しろ(質より量)」ということだ。なぜなら行動の先にチャンスがあるからだ。何も考えなしに行き当たりばったりな仕事をしようと言っているわけではないので、その点はご注意いただきたい。こう考えるようになった背景を経験を踏まえてお伝えしようと思う。最初に配属された部門でノンユーザー(契約のないお客様)に電話をかけてアポを取るOJT(On the Job Training)があった。同部門に同期4名が配属なったのだが、一人当たり100社のリストが配付された。一言でいうと、かなり嫌だった。でもやるしかないので、私はまずスクリプトを作って練習した。他の同期もほとんど同じような進め方を行っていたのだが、一人だけ最初から電話をかけ始めた奴がいた。同期Fだ。同期Fを横目に「ちゃんと準備した方がいいだろ」「いきなり電話がけしてアポなんてとれない」とか思いながら、まだ全然電話がけが始まっていない私を置き去るように同期Fはどんどんリストを消化していく。(私にとっては)幸いなことにアポが潤沢に取れていたわけではないが、それでも100社かけ終わった頃には同期Fは2〜3件のアポイントを獲得していた。一方私は50社ほどしか消化できておらずまだアポは1件も取れていない。焦っている私に追い打ちをかけるかのような出来事が起こった。同期Fがリストを消化したことを知ったマネージャーが100社分の追加リストを同期Fに渡したのだ。追加リストが欲しいわけではなかったが、これが行動の先で同期Fが自分で掴んだチャンスに他ならない。私は負けを確信した。(実際にアポ獲得件数はもちろん負けた。)
特に新人や若手の頃は成功体験が乏しい分、質を求めて机上の空論に力を入れてしまうことがよくあると思う。仕事をする上で質を意識する必要があることはもちろんのことであるが、ここで伝えたいことは「質は量の上に成り立つ」ということと「行動の先にチャンスがある」ということである。先述の通り、同期Fは追加100社のリストというチャンスを手に入れたと同時に、私を含めた他の同期と比較し100社分多く電話をかけたという経験値を得た。新人のOJTにおける些細な話ではあるが、この積み重ねは知らぬ間に大きな差になっていく。ちなみに同期Fはその後スタートアップ企業→外資企業へと転職し年収を上げつつ、マーケティングコンサルの副業を始め、本業以上に稼いでいる。尊敬すべき同期の一人だ。この経験も踏まえて私も「とりあえずやってみる」ぐらいの感覚で動き始めることを今でも意識している。
まだまだ伝えたいことはあるのだが、長くなってきたので20代前半〜中盤の振り返りはこの辺で終わりにして、また後日「20代後半」と「30代前半」に分けて社会人人生を振り返ってみようと思う。
この記事をご拝読いただきありがとうございました。